~私の好きな場所 ブックカフェ その5
こんにちは。ホコトのマスター松野です。
メールマガジン「ホコト随想記」第5回をお届けします。
前回に続き、「本のあるカフェ ホコト」のオープンに向けてのメニュー作りについて記憶をたどってみようと思います。
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カフェ経営はおろかカフェで働いたこともない二人がとにもかくにもブックカフェをオープンさせるお話。前回はドリンクメニューを作るという内容でした。今回はフードメニューの番でございます。
初めに告白しておきますと、私たち二人は決して料理やお菓子作りが得意ではなかったのです。コーヒーや紅茶については自己流とは言えそれなりに年季が入っていて、語り出すと止まらない状態でしたが、こと料理やお菓子作りとなると途端に沈黙してしまうのでした。カフェのフードメニューというとカジュアルでカラフルなワンプレートが思い浮かびますが、そういうものをサラッと提供できる予感は全くなかったのです。
人を雇う?業務用の半調理品で何とかする?学校でスキルを身に付ける?一般論としてはどれも正解だと思いますが、私たちにはどうもしっくり来ませんでした。背伸びして平均点を目指すより、穴だらけであっても自分たちの強みを寄せ集めて何とかしたいという気持ちがあったのです。まさに開き直りです。
では自分たちの強みとは何だろう?と話し合ったときマネージャーは即座に「トースト」と言い切りました。彼女の根っからのトースト愛については前回のメルマガのなかで「私の体は小麦粉でできている」という言葉で表現しました。人はそれを私の出まかせと思うかも知れませんが、れっきとした本人の言葉です。製粉会社の家庭に生まれ小麦粉一筋で育ってきた人ならではの誇りと信念を感じるよと伝えると満更でもない様子です。ホコトを開いた2018年当時、トーストブームの波は静かに上昇していましたが、マネージャーのトーストへの情熱はブームのはるか前からずっと続いていたのです。確かに、本当に美味しいトーストを焼くのはそれほど簡単ではありません。世のトーストファンに認めてもらえればホコトの柱になるだろうという予感はありました。
いっぽう私の強みとは?自分ではよくわからなかったのですが、図書館の仕事で養われた「本を選ぶ力」と、書かれていることを実行する「まじめさ」だろうということになりました。そこで自家製のチーズケーキは私が担当し、トーストを支える脇役としてメニューに加えることにまとまりました。まずは本選びです。図書館や書店に足を運び、何冊も手に取って比較しました。簡単に作れますとうたう本より、美味しく作るのは簡単じゃありませんと突き放してくれる本を信用することにし、詳しい解説のついたものを探して辿り着いたのが、長谷川哲夫『リュバンチーズワールドの濃厚チーズケーキ』(家の光協会、2015年)でした。他の本やWEB情報を参考にすることはあってもメインテキストはこれと決め、試作に取りかかりました。
トーストもチーズケーキもドリンクのお供としてはやや重量級です。もっと軽くて美味しくて、しかも個性的なもの、ビールのつまみにもなるものをメニューに加えたい気がしました。すぐ思いついたのが西宮の豆仁(まめじん)さんのカシューナッツです。贈り物にいただいたのがきっかけでしたが、ナッツそのものの美味しさとバリエーションの楽しさにすっかり魅せられ、各方面への手土産にしたり、自分たちでもポリポリ食べていました。このカシューナッツを少しずつお茶受けに出そう。もっと食べたい人向けにメニューにも加えたらいいよねということになりました。
開店に向けてさまざまな準備をこなしつつ、試作を重ねる日々でした。
マネージャーは毎朝トーストを焼き、カットし、いろんなトッピングを施してはアイデアを練っていました。肝心かなめの食パンについては、マネージャーが絶対的な愛着を持つ宝塚の老舗ベーカリー、パンネルさんの角食パンを使うことに迷いはありませんでした。それ以外は迷うことだらけです。バター、ジャム、はちみつなど、いろいろ試しては絞り込んでいきました。
私は製菓道具を揃えるところから始め、試作しては壁に当たり、何とか解決しては次の壁に当たるの繰り返しでした。味を決定づけるチーズはもちろん、卵や生クリーム、砂糖も何種類か試し、分量もちょっぴり変えてみながら、納得できるケーキが焼けるまで何度もトライしました。なかなか大変だったという記憶がありますが、それでも全くの初心者がどうにか短時間でレベルアップできたのは、メインテキストが非常に優れていたからと思います。
そうして2018年5月のオープン時のフードメニューはこのようになったのでした。
▪️トリプルバタートースト
~3種類のバター(アーモンド、レモン、カルピスバター)を一度に楽しめるお勧めのトーストです
▪️豆の恵みトースト
~西宮のカシューナッツ専門店「豆仁」のプレミアムミックスナッツをのせたクリームチーズベースのトーストです
▪️自家製チーズケーキ
~北海道のクリームチーズをたっぷり使った濃厚で素直なケーキです
▪️カシューナッツ盛り合わせ(12粒)
~「豆仁」のヘルシーなカシューナッツを、お茶のお供やおつまみに
…この4つきりでスタートしたんですね。
その後ひと月のうちに「ダブルハムチーズトースト」「あんバター好きのあんバタートースト」「黄金のバタートースト」が加わり、レギュラーメニューに5種類のトーストが並びました。トーストカフェとしての目鼻が整った感じです。
カレーは?という声も聞こえて来ますが、実はカレーはオープンの翌年から加わったのです。ホコトのカレー「ホコトカリー」については次の機会にお話ししようと思います。
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今回も1曲ご紹介してお開きにしましょう。
私の大好きな映画の一つに、1996年のイギリス映画「ブラス!」があります。
長くイギリスの石炭産業を支えた炭鉱町では、余暇を活かしたクラブ活動が盛んでした。なかでもブラスバンドは、毎年全国大会が開かれるなど盛り上がりを見せ、町のシンボルとして愛されていました。
しかし時代は残酷でした。石炭は表舞台から消え、炭鉱は次々に閉鎖されていきます。町のブラスバンドも解散を余儀なくされます。こう書くと一言で終わってしまいますが、ブラスバンドを拠りどころとして生きた人たちにとって、音楽を失うことは生きる誇りを失うことに他なりません。その悲しみがどれほど深かったか。
この映画は実話に基づいて、解散寸前の名門ブラスバンドが最後の最後に息を吹き返し、圧倒的な演奏で全国大会を制するエピソードが描かれています。
それにしてもこの映画に聴く英国式ブラスバンドの素晴らしいこと!一般的な吹奏楽とは違い、金管楽器とわずかな打楽器だけの編成ですが、その一体感のある輝かしい音色と、弱音部での哀愁を含んだ柔らかい響きには独特の魅力があります。
「フロレンティナ・マーチ」という曲を選びました。ボヘミアの作曲家フチークの名曲の一つです。一般的な吹奏楽の編成だと、可愛らしい、のんびりした音楽になることが多いのですが、このブラスバンドの演奏は違います。キリッとした速めのテンポ、メリハリの効いた音運びによって、誇りを持って生きる喜びと、人生の悲しみに寄り添う優しさ、そこから立ち上がる逞しさを歌い上げているように聴こえるのです。
演奏者は映画のモデルとなった炭鉱町のブラスバンドそのもので、つまりアマチュアなのですが、技術的にも完璧。英国式ブラスバンドの底力を感じます。日頃ブラスバンドを聴く機会のない人も一度聴いてみてください。
ユリウス・フチーク「フロレンティナ・マーチ」
演奏:グライムソープ・コリアリー・バンド
♪Youtubeはこちら https://youtu.be/UwTC4Cy0YcU
♪Spotifyはこちら
今回もおつきあいありがとうございました。次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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2022年8月10日 メルマガ配信